「説話研究会」のメンバーと(後列右から)伊豆の国市郷土資料館学芸員の中川典子さん、飯倉義之教授
提供:國學院大學 制作:沼津経済新聞
それぞれの地域で古くから伝えられてきた物語や逸話、「説話」。國學院大學にはその説話について研究し、語り継いでいこうと活動する「説話研究会」があります。
「國學院大學説話研究会」がコロナ禍を経て、再出発として選んだ採訪の地は伊豆・韮山地区。フィールドワーク初心者のメンバーも多い中、2023年から研究したその成果を「伊豆の国市郷土資料館」で展示しています。
企画展示「韮山譚索『ハナシ』で辿る記憶と記録」の会場
「國學院大學説話研究会」は、1953(昭和28)年晩秋に結成され、2023年に創設70周年を迎えた伝統ある研究会。これまで東北から九州まで、日本各地の伝承や民話を記録する活動を続けてきました。
説話研究会の機関誌「譚(ものがたり)」第十号
コロナ禍で数年間は採訪に出かけることができなかった説話研究会が、再出発として選んだ採訪の地が伊豆・韮山地区。研究会の現メンバーの出身地が長泉や大仁、東伊豆、そして韮山だったこと、そして伊豆にはさまざまな説話があることから韮山地区を研究対象にしました。韮山地区は、源頼朝にまつわる伝説や、地域に伝わる民話が豊富に残る土地。学生たちは毎週の例会に加えて事前調査を行い、フィールドワークでは1週間ほど滞在して地元住民が語る昔話や体験談を集めました。コロナ禍でほとんどのメンバーが採訪初心者という環境下で、手探りで聞き取りを行っていきました。
2023年から行った採訪で集めた説話は約400。韮山地区の30~90代の住民から丁寧に話を聞き取りました。その中から30話を厳選して伝える企画展「韮山譚索(たんさく)『ハナシ』で辿(たど)る記憶と記録」が、伊豆の国市郷土資料館で2月1日に始まりました。
説話を紹介するパネル
今回の企画展では「地域に伝わる俗話や昔話」「干支(えと)にちなむ蛇の伝説」「狩野川台風の体験談」を中心にパネルで展示しています。
同研究会顧問で同大文学部日本文学科の飯倉義之教授は「採訪未経験者が大半だったので苦労も多かったが、地域の人たちと良好な関係を築くことができました。集めた情報を伊豆の国の人たちに分かりやすく伝えたいと思っていたところ、伊豆の国市郷土資料館から声をかけてもらい、今回の企画展が実現しました」と話します。
会場準備に励む説話研究会のメンバー
「どんどん焼きに使う燃し木は、他の組の人に取られないよう、質の良いものは洞窟に隠しておく」
「暗くなる前に家に帰らないと、一つ目小僧が出ると母に言われた」
「源頼朝が大雨で困っているときに大蛇が来て、それに乗って三嶋大社に行った。それが蛇ヶ橋になったという」
展示しているパネルは約50枚。一つ一つ読みながら、「自分の地域に伝わる説話はどんなものがあっただろうか」と思いを巡らせます。
パネルを準備する説話研究会のメンバー
パネル展示はこどもにも読みやすいように、ふりがなも振っています。「対象年齢を狭めたくなかった」と研究会の学生。博物館学芸員課程を専攻する学生のアイデアで、パネルの文字にはユニバーサルデザインのフォントも使っています。反射炉や江川亭、滝山不動の滝、蛇ヶ橋、千歳橋などが描かれた地図も用意し、地図上に番号を振ってパネル展示と連動させるなど、さまざまな工夫も施しました。
「ハナシ」の舞台となった場所を示す採訪地図
企画展初日の前日に当たる1月31日、設営準備を行う研究会の学生に思いを聞きました。
<学生の声>
「昨年からの調査に引き続き、研究会の活動に参加しています。ここに住んでいる人たちは『畑や田んぼばかりで何もない』と言う人が多かったけれど、決してそんなことはない。暮らし、行事、お札を貼ることなど、何でもないことにも民俗はある。自分が住んでいる地域の民俗、歴史をまとめることをライフワークとして、これからも採訪を続けていきたいです」
「祖父が狩野川台風を経験していて、祖母と祖母の姉は韮山の「真如」という谷のような集落に住んでいました。竈(かまど)神社の火よけのスミンチョや、どんどん焼きで良い燃し木を来年のために洞穴に隠しておくことなど、興味深い話を聞くことができました。どんどん焼きは、自分も参加したことがあるが、今回の採訪を通して足元が見えていなかったなと気づくことができました。忘れられていた生活にこれからも注目していきたいです」
竈神社の火災よけのお札と1センチ四方の木片に紙のこよりが通してある火伏せのお守り「スミンチョ」
「このエリアには川があり、橋もたくさんあり、川沿いに家が立ち並んでいるのが特徴的でした。大学では伝承文学を専攻しています。説話は話さないと途絶えてしまうので、話して次世代に伝えることが大切。今回の展示を見て、それぞれの人がおじいちゃんおばあちゃんなどに昔話を聞き、家族で話すきっかけになったらうれしいです」
「関口先輩のように私もこの春から大学院に進みます。研究会で行っているような関連の仕事に就きたいと思っていますが、どんな仕事があるのか模索していきたいです。大学院を卒業する2年後までには今回の研究の資料集を完成させたいです」
「フィールドワークでは2日~1週間ほど韮山に滞在し、地元の人からいろいろな話を聞かせてもらいました。皆さん親切に対応してくれて、『もっと詳しい人がいるから、あの人のところに行って聞いてみるといいよ』と紹介してくれることもありました。地元の中だからこそ当たり前すぎて語られないことを掘り起こすきっかけになればうれしいです。会期が4月まであるので、今後ギャラリートークなどのイベントも企画できたら…」
竈神社の紹介コーナー
<学芸員の声>
「國學院大學の学生が市内を調査し、これほどの量の説話を記録してくれたことに感謝しています。資料館単独の企画展示が多い中、外部の研究者と連携した展示はとても貴重な機会」
「思ったより説話の量が多くて驚きました。狩野川台風の特集や、時代別の紹介などはありますが、近世・中世・近現代を通していろいろな時代の説話を『韮山』という切り口で展示するのは面白い。その成果を地元の皆さんに見てもらういい機会になると思います」
同研究会顧問で同大文学部日本文学科の伊藤龍平教授は「説話研究会では、人と会うことを大切にしています。コロナ禍でそのことを痛感しました。『デスクワーク』や『ライブラリーワーク』で調べたことが地元の人から話を聞く『フィールドワーク』で覆されることがある。それがまた面白い。地元の人にとっては既知のことも学生にとっては未知のこと。今回の展示がゴールではなくここからがスタート。資料集発行に向けて追調査を行っていきたい」と話します。
説話研究会顧問で國學院大學文学部日本文学科の伊藤龍平教授
採訪を通じて 出合った数々の物語から 土地の記憶を紡ぎ出す「國學院大學説話研究会」。國學院大學説話研究会では、公的な記録では見落とされがちな民間の人々によって語られてきた事柄を「ハナシ」と呼んでいます。先人たちが紡いできたハナシを次世代へと語り継ぐ。何気ない身の回りの暮らしや行事、不思議な出来事などの「説話」を大切な人と語り合ってみてはいかがでしょうか。
会場に置かれた来場者ノート
企画展「韮山譚索(たんさく)『ハナシ』で辿る記憶と記録」